右京さん遭難の一報の直後からテレビ、新聞などの報道陣から話を聞きたいと連絡が相次いだ。そして何人かの記者から「片山さんが登山仲間を残したまま下山しましたが、どう思いますか!」と、最初から右京さんの判断に問題があったのでは、といったニアンスの質問が相次いだ。
しかし、私はその質問が辛く胸をえぐられる様な痛みを感じていた。何故ならば2年前私がチョモランマに登頂した日の出来事が頭の中を駆け廻っていたからだ。一緒に登頂した日本人登山家が下山開始直後に歩行困難となり、彼は私に向って「先に降りてください」と伝えてくるのだが、そんなこと出来るわけでもなく、そして次に「すぐに追いつくから先に降りていて」と。
一緒にその場に留まるのか、それとも先に降るのか。あの標高で彼を背負って降りる事は不可能。つまり助ける事は出来ない。かといっていつまでも一緒にその場に留まっていれば自分もやられる。酸欠と究極の極寒の中、自分はどうするべきなのか、なかなか判断できないまま彼に声をかけ続けていた。どれほどの時間が経過したのか、「う~ん」と唸り声と共に彼の首がガクッとなり、そのまま脈が落ちた。私の手も寒さで悴んでいたので本当のところ、彼の脈が止まっていたのかどうか、正直分からない。しかし、最後は自分が生きて帰らなければならないと、彼に「自分はどうしても帰らなければならない。申し訳ない」と声をかけ、彼の体が落ちないように岩にロープで固定し下山を始めた。
あの時の出来事が未だに何度も何度も夢に出てきます。今振り返ってみてもあの状況ではやはり助ける事は出来なかった。しかし、彼を残したまま下山した、置き去りにしてしまったことには変わりはない。
アルピニスト・野口健のブログ:片山右京さん遭難について - livedoor Blog(ブログ) (via katoyuu) (via kml) (via otsune) (via nicetacks) (via petapeta) (via ipodstyle) (via etecoo) (via kml) (via oosawatechnica) (via sunao) (via uessai-text)



